SSブログ

実相寺監督と赤坂界わい3 [実相寺監督が語るウルトラ3]

うひとつ赤坂近辺で多くロケをしたのは、「怪獣墓場」である。シーボーズという骨格だけの怪獣が、宇宙恋しさに上ったビルは、“超高層のあけぼの”霞が関ビルだが、その後ロケットにくくりつけ怪獣打ち上げ後、失敗し墜落のシーンもTBSで撮影した。

怪獣の重さにため息をついて、茫然とロケットの残骸を隊員達が眺めるシーンを、ちょうど工事中だったHスタ、Kスタの工事現場を利用して撮ったのだ。ところが、そのとき工事中だったスタジオは早くも取り壊されて、現在は無い。なべてウルトラの生命力には敵わないという証だろうか。

そのシーボーズが宇宙へ戻りたいと超高層の霞が関ビルをよじ登るおり、イデ隊員はじめ、行方を追ってきた連中が怪獣を見つける切り返しは、現在ものすごい交通量の高速3号線谷町インターの下の、歩道橋で撮影をした。この谷町という町名も、インターにその名を残すのみである。

首都高速の谷町あたりも工事中だったが、その真下の、隊員達がやってくる歩道橋も、まだ工事中だった。現在、ビルの林立するアークヒルズの傍らである。いまにして思えば、東京が徹底的に変貌していく中で、撮影をしていたのである。

もっともアークヒルズの工事が開始されたのは、その撮影からずーっと後だ。昭和50年代初頭に、コマーシャルで元の霊南坂教会を含め、そのあたりを撮影しているから、まだ『ウルトラマン』の頃には、かろうじて古い町並みが残っていた。

撮影をした歩道橋はもう付け替えられて、形が変わっている。地下鉄南北線が開通し、再開発の波はとどまることなく飯倉方向へとおよび、地下鉄の駅ができた六本木1丁目あたりから麻布台へは、天地創造のごとく、ディベロッパー(開発者という意味)という神の手が入ってしまった。

谷町から市兵衛町、麻布我善坊町から飯倉へ、つまり道玄坂を上って台地の細い道をすり抜け、また下って三年坂を上って飯倉交差点へ、という散歩道が好きだったが、もう別の風情を無理やり見いだすしかない。山形ホテルはとうに消え失せているし、スペイン大使館も建て替えられようとしている。

宇宙へ戻りたいシーボーズがよじ登った霞が関ビルですら、もう歩道橋のあったあたりからは、手前の高層ビルにさえぎられて眺めることはできないのである。

その界わいは、個人的にも縁のある所である。TBSを退職して後、フリーのスタッフ仲間と事務所を開き、今もって赤坂から離れられないでいる。

ウルトラマン時代は、まだ都内各所を都電が走っていた。別のテレビ作品で、同じ年の初夏に銀座通りで、都電のロケをしたことも懐かしい。『ウルトラマン』のミニチュアなどでは、あまり都電が出てくることが無いのは何故だったんだろうと、ふと思う。 
(つづく)


★★★★★★★★★★★★
退治してきた怪獣達の御霊を弔うという「怪獣供養」は意表をついた発想であり、凄いと思う。その上、ウルトラマンに宇宙へ放り出された怪獣達の安住の地として「怪獣墓場」が存在しているというのも、凄い発想である。この故・佐々木守さんの自由なる発想の原動力は、いったい何だったのだろう。

確かに最初に思いついたもん勝ち的なところはあるが、昭和に生きた人が思いつかなかったから、平成に生きる人が思いつくという根拠は、何もない。要は、発想力の豊かさが勝負のカギだ。



スポンサーリンク



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました