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ご他界された方々を偲んで【第十一回】 [偲んで]

【ご他界された特撮関係の方々を偲んで】と題して、仮面ライダー1号、2号、そしてV3にご出演されたレギュラー・準レギュラーの俳優さん、ショッカー・ゲルショッカー・デストロン怪人の声を演じた声優さんなどを中心に、ご紹介させていただきます。

今回からは、俳優陣に替わって声優陣という枠組みでご紹介いたします。
お一人目は声優ですがナレーターという肩書で長年キャリアを積んでこられた方で、
「仮面ライダーシリーズ」には絶対に外せないお方です。
《気になる情報》に追記しました。

【第十一回】 
中江 真司(なかえ しんじ)
2007年6月28日没(享年72)

中江真司(なかえ・しんじ)氏は、日本の俳優、声優、ナレーター。
本名は佐藤良孝(さとう・よしたか)。東京都出身。友人の影響もあって、1958年に中部日本放送劇団(劇団CBC)に4期生として入団。生放送時代のテレビ・ラジオドラマの仕事を開始します。1963年、劇団現代劇場に入団。1967年にテアトル・エコーへ移籍して舞台やテレビを中心に活躍し、1988年から青二プロダクションに所属します。

昼ドラマをはじめとして、特撮『仮面ライダー』やドラマ『特捜最前線』などのオープニングナレーション、また時代劇などは「ドラマの中江」と言われるほど有名であり、以降も、『仮面ライダー』から『10号誕生!仮面ライダー全員集合!!』までの『仮面ライダーシリーズ(仮面ライダーアマゾンを除く仮面ライダースーパー1まで)』や、同作パロディである『仮面ノリダー』などのナレーションを多く務めました。アクションものはテアトル・エコーへの移籍以降増えていったそうで、低声での淡々とした語り口を特徴としていました。

先妻は声優の平井道子で、1984年に死別。後に友人の納谷六朗からの紹介で再婚されています。平井道子(ひらい・みちこ)氏はテアトル・エコー所属の声優・女優で、『宇宙戦艦ヤマト』のスターシャ役や『魔法サリー』の夢野サリー役で有名です。洋画では、カトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えを持ち役としていました。1984年7月に急性心不全のため、東京都小金井市内の病院で死去されました。まだ50歳という若さでした。

2002年以降、フジテレビ『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』のナレーションを機に新境地を拓き、この路線で数多くのCMに起用されるようになります。2006年頃からは、任天堂のゲーム機及び関連ソフトのCMを担当することが多くなります。

《エピソード》
ナレーターとしてのイメージが強いことから、テレビ朝日『報道ステーション』の追悼コーナーなど一部のメディアでは、「ナレーター 中江真司」と表記されました。実際、中江氏自身もインタビューで、役者側ではなくスタッフ側だという意識であったと述べていました。若手時代は芝居のオファーも来ていましたが、スケジュールが合わず人を待たせてしまうことが多いため、一人録りのできるナレーションに専念するようになっていきました。

「藤岡弘の役者人生を支えた人物」でもあり、テレビ番組のスタッフとあいさつする際には「藤岡さんに宜しくお伝え下さい」と、表舞台にはなかなか登場しない声優らしい心配りをしていたそうです。

『仮面ライダー』のオファーを受けた際は、ご自身に子供がいなかったこともあって番組について理解できず、人気が出るようなものだとは思ってもいなかったそうです。後年になって、『仮面ノリダー』の評判が良かったことや『仮面ライダー』を観ていた世代と一緒に仕事をするようになったことで、『仮面ライダー』での自身の印象の大きさを認識するようになったと語っています。

無駄な知識を紹介するフジテレビのバラエティ番組『トリビアの泉』では、スタッフから『仮面ライダー』のようなナレーションを要望されていたのですが、中江氏はそれとは異なる淡々と事実を読み上げるだけのナレーションを開拓して人気を集めました。トリビアの泉といえば「この人の声」、というイメージを持つ人も多いと思います。

2004年に肝臓癌を公表した中江氏は2007年から静養に入り、その間のナレーションの一部は窪田等らが代役を務めました。しかし2007年6月28日、肝細胞癌のため東京都小金井市の病院で逝去されました。(享年72)

改めまして、故人様のご冥福をお祈りいたします(合掌)


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《気になる情報》


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ご他界された方々を偲んで【第十二回】 [偲んで]

【ご他界された特撮関係の方々を偲んで】と題して、仮面ライダー1号、2号、そしてV3にご出演されたレギュラー・準レギュラーの俳優さん、ショッカー・ゲルショッカー・デストロン怪人の声を演じた声優さんなどを中心に、ご紹介させていただきます。

声優陣という枠組みでご紹介する第二回目に登場されるお方は、当たり役(はまり役)がいくつもあって、声優界の重鎮という言葉がピッタリのお方です。そして、このお方も「仮面ライダーシリーズ」には絶対に外せないお方です。

【第十二回】 
納谷 悟朗(なや ごろう)
2013年3月5日没(享年83)

納谷悟朗(なや・ごろう)氏は、日本の俳優、声優、ナレーター、舞台演出家。テアトル・エコーに所属し、取締役も務めていました。弟は俳優で声優の納谷六朗、妻は女優で声優の火野カチ子。

妻の火野カチ子氏は、テアトル・エコー所属で現役の舞台女優・声優さんです(2023年8月5日現在)。2013年に夫・納谷悟朗氏が他界した後も、舞台にアフレコにとご活躍中です。実弟の納谷六朗(なや・ろくろう)氏は、最終所属はマウスプロモーション。残念なことに、2014年10月に自宅で体調不良を訴えて都内の病院に入院、同年11月17日に他界しています。享年82

《俳優・声優としてのキャリア》
大学へ進学した納谷悟朗氏は、勉学のかたわら、空手部、野球部で身体を鍛えていましたが、演劇部から共通語(東京弁)の方言指導を頼まれたことがきっかけで芝居の面白さを知り、後に舞台演出や出演もするようになったそうです。

1951年12月に大学を中退した納谷氏は、児童劇団「東童」に入団します。1952年、23歳の時に初めてNHKのラジオに出演、その後は民放のラジオ局への出演回数が急激に増えはじめます。児童劇団東童の主宰者・宮津博(みやづ・ひろし)が開局したばかりの「日本テレビ」の顧問に就任してからは、他の東童のメンバーと共に劇団ぐるみで同局への出演機会が多くなりました。

この頃、日本テレビで大道具係だった熊倉一雄(日本の俳優、声優、演出家。テアトル・エコー所属)と知り合い、意気投合したことで交友関係が生まれたといいます。1955年、児童劇に限界を感じたことから東童を退団した納谷悟朗氏は、1959年1月、熊倉に誘われたことでテアトル・エコーに所属します。

テアトル・エコー入団時、テレビ放映の吹き替えで新劇俳優が起用されることが多く、納谷氏もこうした中で「アテレコ」に多用され、30歳少し前くらいに声優としての活動を開始します。

最初のアテレコ作品は、テレビ映画『地方検事』の鑑識官役。テレビドラマにも出演しましたが、拘束日数の長さを事務所が嫌がった結果、自然と【声の仕事】が増えたそうです。

「当時は声の吹き替えのできる俳優が少なかったので、とにかく忙しかった。現場であわせるのは同じ顔ばかりだった」と、当時を振り返り語っています。しかし、「メイクも衣装も不要」で手軽な「声の出演」に対する現場での扱いは悪く、当時のギャランティーは通常の70%のレートで不本意だったそうです。ですが、忙しかったのでお金は稼げたそうです。

《特色》
テレビ草創期からアニメや洋画の吹き替え、ナレーションで活動してきた納谷悟朗氏。テアトル・エコーの看板俳優として多くの舞台に出演しました。元々の地声は濁りのない声質で、代表作の銭形警部(ルパン三世)役については、「二枚目の声で演じていたら現在まで持たなかっただろう」と語っています。

役柄では、屈強な男(チャールトン・ヘストンの吹き替え)や『仮面ライダー』のショッカー首領のような悪の組織のボス、威厳ある役を演じることが多かったですが、一方で正義のヒーロー(ウルトラマンエース)に代表されるような善玉や若々しい青年の役も多く、他にも喜劇的な小悪党など幅広い役をこなしていました。

ナレーションが好きだといい、一時期はナレーションの仕事への起用を要望していた納谷悟朗氏。ナレーションというものに興味が元々あったとされ、初挑戦したナレーション業は特撮「愛の戦士レインボーマン」でした。その頃は上手いナレーターが多く、その中に食い込むことは難しかったといいます。そのため、個性を出すべく流暢にしゃべるのではなくリズムを区切るようにし、後年ではこのしゃべり方が「納谷節」と称されるようになりました。

《仕事に対する姿勢》
舞台に関して、「生でその日その日のお客さんと勝負をする」こと、「公演後には何も残らない」という潔い部分があることが好きで没頭したといいます。

声優の仕事に対しては、自身の本職は舞台俳優との考えから「本命の舞台を維持するために行う稼げる商売」と割り切っていたそうです。だからと言って妥協は一切せず全力投球で挑んでいたといい、「僕は舞台の役を与えられたのと同じ感覚でやっていましたよ。違うのはお客さんが目の前にいないということだけです」と語っていたそうです。「声の仕事も役者の仕事の一環」という姿勢から「声優」と呼ばれることには抵抗を持っていたとも。

《仮面ライダーシリーズ》
『仮面ライダー』のショッカー首領役は、非情さと威厳を併せ持つ「怖くて強くて絶対だ」とのイメージで演じたそうです。後年はスペシャルゲストのような形での作品参加が増え、「『大首領の声で』と言われる仕事も多くなり、ありがたいことだと思ってやっています」とも。

ショッカー首領の台詞は大抵抜き録りで、他の役者たちの昼休み前に行い、一言二言で終わることが多かったそうです。怪人役の他の同僚が数本まとめ録りで長時間拘束されているなか、納谷氏だけさっさと帰ってしまうので、「やっぱり首領は違うよな」とやっかみ半分の声がよく挙がったそうです(笑)

抜き録りとは・・・キャラクターや登場人物の台詞を個別に抜き出して、別々に録音する方法。これにより、アフレコ参加できなかった声優の出演部分を個別にレコーディングして、予定を遅らせずに製作をすすめることができる。この方法によって、多忙な人気声優や俳優などのキャスティングも可能になった

『仮面ライダー』以後も、納谷氏は仮面ライダーシリーズで悪の首領役を多く演じたことはご存じのとおり。だが、『仮面ライダーアマゾン』では、自ら望んでナレーションを務めたそうです。また、『仮面ライダー』のパロディ作品である『仮面ノリダー』にも、ナレーションでゲスト出演しました。

《闘病・死去》
1985年3月、胃潰瘍で入院し胃腸を半分切除する手術を行いましたが、術後も容態が改善しなかったため、後日全摘の手術を行っています。それ以降、体力の低下から声が出しにくくなったそうです。その後も胃癌などの手術を経験し、体力的に無理のない範囲で仕事を続けていましたが、2008年の舞台公演中に視覚の違和感を覚え、脳梗塞が判明。完治が困難との診断を機に、舞台俳優業を引退します。その後は妻の助力を得て声優業のみを継続していましたが、2013年3月5日、慢性呼吸不全のため千葉市内の自宅で逝去されました。

改めまして、故人様のご冥福をお祈りいたします(合掌)


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ご他界された方々を偲んで【第十三回】 [偲んで]

【ご他界された特撮関係の方々を偲んで】と題して、仮面ライダー1号、2号、そしてV3にご出演されたレギュラー・準レギュラーの俳優さん、ショッカー・ゲルショッカー・デストロン怪人の声を演じた声優さんなどを中心に、ご紹介させていただきます。

今回のこのお方は、お名前の読み方が難しすぎてよく知らない方が多いのではないでしょうか。しかしながら、特撮番組「仮面ライダーシリーズ」をはじめとする怪人やウルトラの宇宙人などの声の出演、また半世紀近い声優・俳優活動の間に数多くのテレビドラマやテレビアニメ、劇場アニメの声の出演、そして外国映画の吹替えにご出演されていたお方です。

【第十三回】 
槐 柳二(さいかち りゅうじ)
2017年9月29日没(享年89)

槐 柳二(さいかち・りゅうじ)氏は昭和3年生まれ、日本の俳優、声優。東京府(当時)出身。大学を卒業後、いくつかの劇団を経て劇団テアトル・エコーに所属します。吹き替え草創期より活躍して、若手時代から持ち前のしわがれ声を活かした老人役を得意とし、ずっと老人役を引き受けていたために、「ご先祖様」と呼ばれていたのだとか(笑)。ご自身はこの独特の声質になった理由について、戦時中に身体を悪くしたことや軍事教練で声を荒らげたことなどが原因だったのだろうと述べています。

かつてはテアトル・エコー附属養成所の所長も務めており、コント赤信号、中村有志、野沢直子、ダチョウ倶楽部の上島竜兵と寺門ジモンを育てたことも。晩年は朗読を中心に活動しており、声優業はほとんど行っていなかったそうです。

槐(さいかち)氏にとって『仮面ライダーアマゾン』で声を演じたモグラ獣人は、この役で初めてファンレターをもらったということもあり、思い出深い役だったと述べています。モグラ獣人の鳴き声については、録音担当者から「モグラってのはネズミに似ているから、チューチューって入れて」と言われたので、それに応じたと語っています。

平成29年(2017年)9月29日、うっ血性心不全のため東京都内の病院で逝去されました。
享年89
改めまして、故人様のご冥福をお祈りいたします(合掌)


《出演作品のうち、特撮番組》
1968年
ウルトラセブン(宇宙帝王バド星人の声)
戦え! マイティジャック(第17話のナレーター)

1971年
仮面ライダー(蜘蛛男の声)
チビラくん(メチャラの声)

1972年
仮面ライダー(セミミンガの声)
変身忍者 嵐(タランチュラの声)
ミラーマン(第28話のインベーダーの声)

1973年
仮面ライダーV3(カマクビガメの声)

1974年
SFドラマ 猿の軍団(サバトの声)
仮面ライダーX(再生メドウサの声、再生サラマンドラの声)
五人ライダー対キングダーク(メドウサの声、ケルベロスの声)
仮面ライダーアマゾン(モグラ獣人の声、十面鬼の人面岩の声)

1975年
仮面ライダーストロンガー(サソリ奇械人の声)
冒険ロックバット(ズク博士の声)

1976年
アクマイザー3(ナマズーンの声)
ザ・カゲスター(トンボギラーの声、カミキーラーの声)
超神ビビューン(カサカッパの声)

1977年
大鉄人17(アッカーマン博士の声)
バトルホーク(ヒトライヤーの声)

1979年
仮面ライダー (スカイライダー)(ムカデンジンの声、サンショウジンの声)

1981年
仮面ライダースーパー1(カセットゴウモルの声、ジシャクゲンの声)

1985年
兄弟拳バイクロッサー(バトラーの声)


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ご他界された方々を偲んで【第十四回】 [偲んで]

【ご他界された特撮関係の方々を偲んで】と題して、仮面ライダー1号、2号、そしてV3にご出演されたレギュラー・準レギュラーの俳優さん、ショッカー・ゲルショッカー・デストロン怪人の声を演じた声優さんなどを中心に、ご紹介させていただきます。

今回のこのお方も、変わったお名前の読み方をされるお方です。それもそのはず、ご実家がお寺だそうです。前回ご紹介した槐 柳二(さいかち・りゅうじ)氏と同様、特撮番組では「仮面ライダーシリーズ」を中心にあの怪人やこの怪人の声を担当されたお方です。

【第十四回】 
峰 恵研(みね えけん)
2002年2月6日没(享年67)

峰 恵研(みね・えけん)氏は、日本の俳優、声優。テアトル・エコー所属。長崎県出身で、妻は同じ声優の丸山裕子(まるやま・ひろこ)。丸山裕子さんは2002年に峰恵研さんと死別されていますが、テアトル・エコーに所属しており、現役です。

峰恵研氏の実家は寺で、高野山大学文学部を卒業後、いくつかの劇団と黒沢良の付き人を経て、1961年にテアトル・エコーに入団します。洋画の吹き替えを中心に活動し、アニメでは軽快なキャラクターや年輩の男性・悪役・温厚な役・父親役などを演じました。代表作は『サザエさん』の伊佐坂先生役、裏のおじいちゃん役など。特撮番組の怪人の声でも知られる存在です。

《人物・エピソード》
声優の沢りつおとは同い年でテアトル・エコーの同期でもあったため、親交が深かったとのこと。『仮面ライダー』シリーズでは、悪の怪人を演じ続けることに迷い悩んでいたことがあったそうです。『仮面ライダーV3』で、峰氏が沢りつおに相談して沢の提案で生まれた「怪人カメバズーカの声」はまさに傑作です。カメバズーカの「ズーカーッ!」という鳴き声を子供たちが遊びに採り入れ、「ハサミジャガー」の鳴き声「シザァーズ!:声の担当は沢りつお」と合わせて楽しそうに遊んでいるのを銭湯で見たふたりは、自分たちは間違っていなかったんだと喜び合ったと言います。
(2023年10月末現在で、沢りつお氏は現役です)

2002年2月6日、心不全のため逝去されました。(享年67)
改めまして、故人様のご冥福をお祈りいたします(合掌)

《出演作品のうち、特撮番組》
1971年
仮面ライダー(蝙蝠男の声、モグラングの声)

1972年
仮面ライダー(ゴキブリ男の声、再生ザンジオーの声、ガラガランダの声)
仮面ライダー対じごく大使(ザンジオーの声)
変身忍者 嵐(マシラの声、死人ふくろうの声、人食いガラスの声)

1973年
仮面ライダーV3(カメバズーカの声、ハンマークラゲの声、ジシャクイノシシの声、カマキリメランの声、イモリゲスの声、吸血マンモスの声)
変身忍者 嵐(クンバーナの声)
ロボット刑事(モグルマンの声)

1974年
SFドラマ 猿の軍団(ダックの声)
五人ライダー対キングダーク(再生ジンギスカンコンドルの声、再生鉄腕アトラスの声)
仮面ライダーアマゾン(カニ獣人の声)

1975年
仮面ライダーアマゾン(獣人ヘビトンボの声)
仮面ライダーストロンガー(狼長官の声〈初代〉)

1976年
円盤戦争バンキッド(ピーグル伍長の声)
ザ・カゲスター(ムカデリヤの声、サンゴラスの声、カズラゴンの声)

1977年
超神ビビューン(バクバーの声、ハンニャの声)

1979年
仮面ライダー (スカイライダー)(アリジゴクジンの声)

1980年
仮面ライダー (スカイライダー)(クラゲロンの声)
仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王
仮面ライダースーパー1(バクロンガーの声)

1981年
仮面ライダースーパー1(スプレーダーの声、シャボヌルンの声)

1985年
兄弟拳バイクロッサー(ゲンシダーの声)

1996年
激走戦隊カーレンジャー(HHワッショイショイの声)


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ご他界された方々を偲んで【第十五回】 [偲んで]

【ご他界された特撮関係の方々を偲んで】と題して、仮面ライダー1号、2号、そしてV3にご出演されたレギュラー・準レギュラーの俳優さん、ショッカー・ゲルショッカー・デストロン怪人の声を演じた声優さんなどを中心に、ご紹介させていただきます。

今回のこのお方は、かつて劇団テアトル・エコー(Theater Echo)の代表を務めていたお方です。数々の声優さんを擁するテアトル・エコーは、1954年に発足。東京都渋谷区恵比寿にあるエコー劇場を本拠とする新劇の喜劇を専門的に上演する老舗の劇団として知られています。

【第十五回】 
梶 哲也(かじ てつや)
2005年8月22日没(享年79)

梶 哲也(かじ・てつや)氏は、日本の俳優、声優。東京都出身。テアトル・エコーの創立者。本名は能勢山誠一(のせやま・せいいち)

《人物・エピソード》
梶氏は大学在学中に演劇に興味を持つようになり、大学を中退して1947年8月に劇団薔薇座(げきだん・ばらざ)に入団します。
*声優の野沢那智が代表を務めた薔薇座は1963年設立で、これとは異なる

テアトル・コメディに在籍していた俳優の北沢彪(きたざわ・ひょう)に師事していた梶氏は、薔薇座解散後の1951年、前年9月に北沢の自宅で朗読の勉強会として発足した「やまびこ会」に参加します。多くの演劇青年がこれに参加し、同会は本格的な活動を志向することとなり、1954年6月には北沢の命名で「やまびこ会」を英語にした「テアトル・エコー」に改称します。テアトル・エコーの創立メンバーの一人として、劇団内での梶氏の発言力は強かったそうです。

声優としてはテレビ草創期から活躍し、主に中年役や老人役、滑稽な役や屈強な男の役を演じることが多かった梶氏。また仮面ライダーシリーズでは、多数の怪人の声を演じられました。特撮番組では、1980年代初頭まで怪人の声の役を中心にテアトル・エコー劇団員の占める割合が高かったそうです。その理由を劇団員の1人である沢りつおは、「普通の俳優では怪人役を引き受けないため、喜劇専門のテアトル・エコーに声がかかった」と述べています。

北沢や梶氏らが立ち上げた劇団テアトル・エコーは、1970年代から1980年代頃まではワーナー・ブラザース作品(『ピンク・キャデラック』など)やディズニー作品(『101匹わんちゃん』など)で吹き替え制作に協力していて、劇団員がユニットで出演する機会も多かったそうです。1988年には吹き替え版制作を行う関連会社スタジオ・エコーが発足し、現在でもディズニー作品や洋画、海外ドラマの吹き替えを中心に多くの劇団員が活動しています。

2005年8月22日、梶氏は転移性脳腫瘍のため、埼玉県富士見市の病院で逝去されました。
(享年79)
改めまして、故人様のご冥福をお祈りいたします(合掌)

《出演作品のうち、特撮番組》
1964年
忍者部隊月光(ギロス代表)

1968年
怪奇大作戦(解剖医師)

1969年
バンパイヤ 17話(バンパイヤA)

1971年
帰ってきたウルトラマン(岸田の父・敬蔵の声、宇宙怪人ゼラン星人の声、吸血宇宙星人ドラキュラスの声)
仮面ライダー(サラセニアンの声、カニバブラーの声)
チビラくん(ババヤンの声)

1972年
ウルトラマンA(第26話のウルトラの父の声)
仮面ライダー対ショッカー
変身忍者 嵐(ゲジゲジ魔の声)

1974年
エスパイ
ノストラムダムスの大予言(黒人代表の声)

1975年
仮面ライダーストロンガー(アナウンサーの声、狼長官の先祖の声)
秘密戦隊ゴレンジャー(湯沢博士)

1976年
宇宙鉄人キョーダイン(ロボンフッド2の声)
円盤戦争バンキッド(ユーブロ少佐の声、キューガ大佐の声、エーガリン中将の声)
ザ・カゲスター(西園寺博士、ドクガルダーの声、カラスガーの声)
超神ビビューン(ガリキの声、再生ガリキの声、再生マツボの声)

1977年
バトルホーク(ギルガーの声)

1979年
スカイライダー(キノコジンの声、カニンガージンの声、ドクガンバ2世の声)

1980年
仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王
仮面ライダースーパー1(ファイヤーコングの声、スパイダーババンの声、ライオンサンダーの声、マッハローラーの声、ドクロボールの声)



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