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ご他界された方々を偲んで【第七回】 [偲んで]

【ご他界された特撮関係の方々を偲んで】と題して、仮面ライダー1号、2号、そしてV3にご出演されたレギュラー・準レギュラーの俳優さん、ショッカー・ゲルショッカー・デストロン怪人の声を演じた声優さんなどを中心に、ご紹介させていただきます。

【第七回】 
中村 文弥(なかむら ぶんや)
2001年1月17日没(享年55)

中村文弥(なかむら・ぶんや)氏は日本の元俳優、スタントマン、スーツアクター。主に特撮テレビドラマで活躍されました。愛称は「ブン」。

1963年(昭和38年)。中村氏は演劇を志し、17歳で東京小劇場に入りました。その後、劇団ふじへ移籍し、同劇団で講師を務めていた殺陣師の大野幸太郎と出会います。翌年には大野率いる『大野剣友会』に立ち上げから参加、中村氏は大野に師事して立ち回りなどを習いました。

『大野剣友会』での中村氏は剣技に関して群を抜く腕前で、高橋一俊と共に殺陣(たて=ドラマなどの格闘シーン)の指導をするまでになります。やがて大野剣友会のもとで、舞台や各種アトラクション、テレビドラマに関わるようになっていきます。

1969年(昭和44年)、23歳の時に中村氏は『柔道一直線』(TBS)で役者デビュー(柔道部部員役)。以降、アクションスタントを中心にテレビドラマ、映画などで活躍をはじめます。

1971年(昭和46年)、25歳の時に『仮面ライダー』(毎日放送)で大野剣友会がアクションを担当、中村氏は戦闘員役で第1話から出演したほか、怪人のスーツアクターも務めました。その後、第14話以降は仮面ライダー2号のメインスーツアクターを務めます。同年、新聞のコラムに『ヒーローの素顔』と題して特集が組まれ、【変身後を演じるスタントマン】として『帰ってきたウルトラマン』の菊池英一、『宇宙猿人ゴリ(スペクトルマン)』の上西弘次、そして『仮面ライダー』の中村文弥氏の素顔が写真入りで紹介されました。

1972年(昭和47年)、26歳の時に『変身忍者 嵐』(毎日放送)で「嵐」のスーツアクターを担当します。『変身忍者 嵐』では、通常の時代劇では袴や着物の裾(すそ)で隠れる下半身がタイツスーツゆえにごまかせず、重心を落とした殺陣の基本形を常に意識させられて苦労したと語っています。同作は時代劇であり、中村氏が得意とする剣戟(チャンバラ=刀で切り合うこと)の本領を発揮した代表作とも言える作品です。

『仮面ライダー』のヒットを受け、変身ヒーローに『仮面の忍者 赤影』などの時代劇の要素を加え制作された作品が『変身忍者 嵐』です。原作者と放送局、メインライター、監督、ナレーターも『仮面ライダー』と一緒で、監督の内田一作は絵巻物風の考証資料まで独自に用意し、関係者へ配ってスタッフ一同「時代劇版仮面ライダー」を作ろうと大変な意気込みだったと言います。

1972年(昭和47年)、日本テレビが『突撃! ヒューマン!!』の岩城淳一郎/ヒューマン役を中村氏に打診。同番組は『仮面ライダー』が裏番組になる予定で、局側としても「打倒・仮面ライダー」の意気込みでのオファーだったのです。しかし、中村文弥氏は「仲間の出ている番組の敵にまわりたくない」として主演デビューの機会を蹴り、これを断っています。

1973年(昭和48年)、27歳の時に『仮面ライダーV3』(毎日放送)でデストロン大幹部の「ヨロイ元帥」を演じます。同役ではマスクは被っているものの、独特の表情や声の作り方により印象的な役柄となっています。

1979年(昭和54年)、中村氏が33歳の時、大野剣友会(以下、剣友会)は大野が代表から会長に退き、岡田勝を代表とする新体制に移行します。しかし、大野の引退を受け、中村氏も芸能界から引退します。同年、剣友会が新体制下で挑んだ『仮面ライダー (スカイライダー)』(毎日放送)では、剣友会の下準備に中村氏は協力をしています。


《人柄》
大野剣友会きっての二枚目で気立ても優しく、中屋敷哲也をはじめ後輩から慕われていました。後輩の一人である河原崎洋央は「負けず嫌いで、意地になる」性格であると証言しています。元来俳優志望であったため、剣友会の担当するドラマに顔出し出演していることも多く、剣友会内では経理や渉外などの事務運営も務めていたそうです。

ヒーロー役を演じる際は、外見だけでなく内面も演じることを心がけていたといいます。中村氏の立ち姿の美しさや絡みの上手さは大野剣友会一と謳われ、剣友会初代代表の大野幸太郎は〖多くの人間が仮面ライダーを演じたが、中村が最高であった〗と評しており、東映生田スタジオ所長の内田有作も「背中の演技」を評価しています。

仮面ライダーを演じていたころはよく怪我をしていたそうですが、「怪我をする演技をやることが役者の恥」という考えから、周囲には怪我をしたことは絶対に言わなかったそうです。後年のインタビューでは、怪我をしても先のことを考えずにがむしゃらにできた若さがあったから、仕事を続けることができたと述べています。

また、剣劇出身であることから刀を折ることを一番の恥と考えており、竹光(たけみつ=竹を削り、刀に見せかけた物)を用いた『変身忍者 嵐』でも動きにくい衣裳にもかかわらず刀を折ることはなかったそうです。


《エピソード》
時代劇中心だった剣友会が、『仮面ライダー』で急にヒーローアクションを請けることになり、「最初は戸惑った」と中村氏は語っています。しかし、仮面を着けた芝居であっても、仮面の中では必ず喜怒哀楽の表情を心がけていた中村氏を、「面を着けての感情を持たせた演技は一番うまかった」と創始者の大野幸太郎ほか誰もが口を揃えて言っています。

2号の衣装は、それまで使っていた1号をリペイントなどして使用したもので、マスクも藤岡弘に合せて作られたものでした。『仮面ライダー』の初期でショッカー戦闘員を演じていた中村氏は、撮影中にスタッフが仮面ライダーのマスクを地べたに置いているのを見て激怒し、「その面をなんだと思ってる!! そいつは主役の顔なんだぞ!」とスタッフを大声で怒鳴りつけたことが殺陣師を務めていた高橋一俊の目にとまり、次のライダーのスーツアクターをするきっかけになった」というエピソードがあります。

『仮面ライダー』役に抜擢された後は、年下であるけれども入会は中村が若干早かったことから、自分に気を使う高橋一俊に対して「いっしゅん(=高橋のこと)、気を使わずどんどん要求してくれよ」と声をかけ、逆に中村氏が殺陣師である高橋のやりやすいように配慮していたといいます。

中村氏はカナヅチで泳げなかったため、2号編のエンディングで戦闘員たちとともに仮面ライダーが海へ飛び降りるシーン(場所はお台場に当時あった貯木場)の時、本番前にライダー役の中村氏も一緒に飛び降りろといわれ、仰天したと語っています。

大野剣友会で養護施設の慰問に訪れた時、歩けないはずの子供が仮面ライダーを見るために立ち上がったことがあったそうです。この時に養護教諭が、「自分たちが365日かけて頑張っても『仮面ライダー』には勝てない」と涙ながらに述べていたと中村氏は語っており、『仮面ライダー』は自身に奇跡を見せてくれたヒーローであると述べています。


《主な特撮出演作品と役柄》
●仮面ライダー(1971年 - 1973年)=ショッカー戦闘員、人食いサラセニアン(第4話)、かまきり男(第5話)、仮面ライダー2号(第14話 - 第52話)ほか多数
●変身忍者 嵐(1972年 - 1973年)=嵐ほか
●イナズマン(1973年 - 1974年)=イナズマン、ファントム帝国囚人(第24話) ほか
●仮面ライダーV3(1973年 - 1974年)=ガマボイラー(第14話)キバ一族のスミロドーン(第34話)、ヨロイ元帥 ほか
●仮面ライダーX(1974年)= GOD戦闘工作員、アポロガイストほか
●イナズマンF(1974年)=イナズマンほか
●仮面ライダーアマゾン(1974年 - 1975年)=十面鬼ゴルゴスの中央の顔、仮面ライダーアマゾン(後半)、獣人[ヘビ獣人、ワニ獣人ほか]
●仮面ライダーストロンガー(1975年)=仮面ライダーストロンガー(1話、2話は中屋敷鉄也と兼任)、最終回のライダーマン、奇械人[ガンガル、オオカミン]、岩石大首領 ほか
●秘密戦隊ゴレンジャー(1975年 - 1977年)=アオレンジャー、ミドレンジャー(前半)、イーグル将校、イーグル科学者(第36話)、川上参謀(第52話) ほか
●宇宙鉄人キョーダイン(1976年 - 1977年)
●ザ・カゲスター(1976年)=カゲスター、セニョール五月(第30話) ほか
●大鉄人17(1977年)=レッドマフラー隊員、長崎助手 ほか


1998年(平成10年)52歳の時、テレビの特番で岡田勝や新堀和男ら剣友会メンバーとともに藤岡弘と再会する姿が、中村文弥氏最後のテレビ出演となりました。藤岡とは10数年ぶりの再会でした。

2001年(平成13年)1月17日、中村文弥氏は悪性リンパ腫のため死去、享年55。晩年はOA機器の部品製造会社を経営していました。

改めまして、故人様のご冥福をお祈りいたします(合掌)


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《ヨロイ元帥について》
ショッカーのゾル大佐からデストロンのツバサ大僧正までの歴代大幹部が、首領や組織に対する忠誠を活動の基本としていたのに対し、ヨロイ元帥は常に自分の保身と組織内部での出世しか眼中になかった点が、他の大幹部と大きく異なっている。

当初はキバ男爵やツバサ大僧正と同様、5話前後となる第46話での降板が予定されていた。しかし、結城丈二との関わりが深い設定上降板させることができなくなり、最終話まで登場することになった。


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